最初枚の挿画がもたらした熱狂は観た輩に人生波紋を加え積み重ねるのかもしれません。

しょっちゅう「元カノ」ちゃんのことを思い浮かべます。50男がこういうわけです。お人付き合いしたのは20歳から27歳までの7通年だ。まさかの別れでした。目下ふと妻といった夜汽車に乗ったことを思い出しました。長崎から京都までの夜汽車でした。妻がボクに教えてくれた画家がいらっしゃる。オディロン・ルドンだ。その大回顧展を二人で観に行ったのです。妻はそんな対話をいつかしてくれました。初めてのルドンの作品との触れ合いだ。妻は花々の色あいが宝石のように耀くちっちゃな挿し絵の前にマニアになったと言うのです。そうしてその意欲のために、その夜は一睡もできなかったって。ボクは妻をそんな意欲に導く画家はどういう画家なのだろうって見つけました。ルドンは10時期以来モノクロの挿し絵以外は描かなかったのです。暗闇な海中から植物のように表れる面持、大きなまぶた、そのような挿し絵の直感はエドガー・アラン・ポーから得ていたそうです。そういったルドンがあのような美しい色あいを使うようになったか。そこには単独の女の子との触れ合いがありました。妻がルドンのマインドを解き放ったのです。女の子の才能は偉大だ。元カノちゃんは非常にセンス豊かな女の子でした。いかにもルドンの色あいの中に、情愛という、オープンを感じ取ったのではないでしょうか。元カノちゃんの好きな文言は「精神」でした。精神的な美味を大事にしていました。妻は目下画家として活躍する一方で、障がいを有する小児のイラストうたい文句に関り、子供たちの心の開放に努力しています。誰にでも当てはまりますが、何かを試し、要所を必ずつかんだ方は後悔しない方だという気がするのです。元カノちゃんには蔭ながらエールを送っておるボクだ。